逆行列の公式
逆行列補題(Woodbury の公式),Schur 補行列を用いたブロック行列の逆行列の表現,複素行列の実行列への埋め込みなど,正則行列の逆行列に関連したいくつかの定理・公式をまとめた.
目次
記号の準備
逆行列補題(Woodbury の公式)とその系
補題 1:
正方行列 $P$ に対して,行列 $E+P$ が正則であるとき
\[
(E+P)^{-1} = E-(E+P)^{-1}P
\]
が成り立つ.
証明(click)
$$
\begin{align*}
(E+P)^{-1}
&= (E+P)^{-1}(E+P-P) \\
&= (E+P)^{-1}(E+P)-(E+P)^{-1}P \\
&= E-(E+P)^{-1}P
\end{align*}
$$
補題 2:
$P \in \mathbb{C}^{m \times n}$,$Q \in \mathbb{C}^{n \times m}$ に対して,行列 $E_m+PQ$ および $E_n+QP$ が正則であるとき
\[
(E_m+PQ)^{-1}P = P(E_n+QP)^{-1}
\]
が成り立つ.
証明(click)
\[
P(E_n+QP) = P + PQP = (E_m+PQ)P
\]
の両辺に左から $(E_m+PQ)^{-1}$,右から $(E_n+QP)^{-1}$ を掛けて
\[
(E_m+PQ)^{-1}P = P(E_n+QP)^{-1}
\]
が成り立つ.
補足(click)
- $m > n$ であるとき
\[
\textrm{rank}(PQ) \leqq \textrm{min}\bigl(\textrm{rank}(P), \textrm{rank}(Q)\bigr) \leqq n < m
\]
であるから,$PQ$ は正則行列ではない.$m \leqq n$ の場合は $PQ$ が正則となることがある. -
$m = n$ であって $P$ および $E+PQ$ が正則であれば,$E+QP$ も正則である.実際
\[
P(E + QP) = P + PQP = (E + PQ)P
\]
の両辺の行列式を考えれば
\[
\textrm{det}(P) \textrm{det}(E+QP) = \textrm{det}(E+PQ)\textrm{det}(P)
\]
であり,$P$ が正則ならば $\textrm{det}(P) \neq 0$ であって
\[
\textrm{det}(E+QP) = \textrm{det}(E+PQ) \neq 0
\]
が成り立つ. -
$m = n$ であって $Q$ および $E + PQ$ が正則である場合も
\[
Q(E+PQ) = Q + QPQ = (E + QP)Q
\]
に対して先ほどと同様の議論を適用すれば $E + QP$ が正則であることが判る.
定理 3:拡張された Woodbury の公式
行列 $A,B,C,D$ をそれぞれ
とする.行列 $A+BDC, ~ E_m + DCA^{-1}B$ が正則であるとき,次が成り立つ:
\[
(A + BDC)^{-1} = A^{-1}-A^{-1}B(D^{-1} + CA^{-1}B)^{-1} CA^{-1}
\]
証明(click)
行列 $A$ は正則であるから $A^{-1}$ が存在する.ゆえに
$$
\begin{align*}
(A + BDC)^{-1}
&= \bigl(A(E_n + A^{-1}BDC)\bigr)^{-1} \\
&= (E_n + A^{-1}BDC)^{-1}A^{-1} \\
&= \bigl(E_n-(E_n + A^{-1}BDC)^{-1}A^{-1}BDC\bigr)A^{-1} \\
&= A^{-1}-(E_n + A^{-1}BDC)^{-1}A^{-1}BDCA^{-1} \\
&= A^{-1}-A^{-1}(E_n + BDCA^{-1})^{-1}BDCA^{-1} \\
&= A^{-1}-A^{-1}BDC(E_n + A^{-1}BDC)^{-1}A^{-1} \\
&= A^{-1}-A^{-1}BDCA^{-1}(E_n + BDCA^{-1})^{-1}
\end{align*}
$$
が成り立つ.ここで2つ目の等号は $(PQ)^{-1} = Q^{-1}P^{-1}$,3つ目の等号は補題 1,5~7つ目の等号は補題 2を繰り返し用いた.
証明の補足(click)
式変形の過程で現れる各行列の正則性について確認する.
仮定より $A$ および $A + BDC$ は正則であるから,$A^{-1}$ も正則であって
\[
E + A^{-1}BDC = A^{-1}(A+BDC)
\]
より $E+A^{-1}BDC$ は正則である.
また,同様に,
\[
E+BDCA^{-1} = (A+BDC)A^{-1}
\]
も正則である.
なお,6つ目の等号は正方行列 $BDC$ に 補題 2 を適用した.$n > m$ ならば $BDC$ は正則ではないが,$E+BDCA^{-1}$ は正則であるため,適用できる.
▲ 証明の補足ここまで
また,$E_m + DCA^{-1}B$ が正則であると仮定すれば,補題 2を用いて
\[
DCA^{-1}(E_n + BDCA^{-1})^{-1} = (E_m + DCA^{-1}B)^{-1}DCA^{-1}
\]
が成り立つ.さらに,行列 $D$ が正則であるから
$$
\begin{align*}
(E_m + DCA^{-1}B)^{-1}D
&= \biggl(\bigl((E_m + DCA^{-1}B)^{-1}D\bigr)^{-1}\biggr)^{-1} \\
&= \biggl(D^{-1}(E_m + DCA^{-1}B)\biggr)^{-1} \\
&= \biggl(D^{-1} + CA^{-1}B\biggr)^{-1}
\end{align*}
$$
が成り立つことに注意して
$$
\begin{align*}
(A + BDC)^{-1}
&= A^{-1}-A^{-1}BDCA^{-1}(E_n + BDCA^{-1})^{-1} \\
&= A^{-1}-A^{-1}B (E_m + DCA^{-1}B)^{-1}DCA^{-1} \\
&= A^{-1}-A^{-1}B(D^{-1} + CA^{-1}B)^{-1} CA^{-1}
\end{align*}
$$
が示された.
系 4:逆行列補題(Woodbury の公式)
行列 $A \in \mathbb{C}^{n \times n}$,$B \in \mathbb{C}^{n \times m}$,$C \in \mathbb{C}^{m \times n}$ に対して,3つの正方行列 $A, ~~ A + BC, ~~ E_m + CA^{-1}B$ がいずれも正則であるとき,次が成り立つ:
\[
(A + BC)^{-1} = A^{-1}-A^{-1}B(E_m + CA^{-1}B)^{-1} CA^{-1}
\]
証明(click)
定理 3 において $D$ に $m$ 次の単位行列 $E_m$ を代入すれば示される.
補足(click)
「Sherman-Morrison-Woodbury の公式」と呼ぶこともある.また「Woodbury の公式」「逆行列補題」などの名称は定理 3 を指す場合がある.
系 5:
$A \in \mathbb{C}^{n \times n}$,$\boldsymbol{u}, \, \boldsymbol{v} \in \mathbb{C}^{n \times 1}$( $n$ 次列ベクトル)とする.$A + \boldsymbol{u} {}^{t}\boldsymbol{v}$ が正則であるとき,次が成り立つ.
\[
(A + \boldsymbol{u} \, {}^{t}\!\boldsymbol{v})^{-1} = A^{-1}-\frac{1}{1 + {}^{t}\!\boldsymbol{v} A^{-1} \boldsymbol{u}} A^{-1} \boldsymbol{u} \, {}^{t}\!\boldsymbol{v} A^{-1}
\]
証明(click)
定理 3 に $B = \boldsymbol{u}$,$C = {}^{t} \! \boldsymbol{v}, \, D = E_n$ を代入すればよい.
ブロック行列の逆行列
命題 6:ブロック対角行列の逆行列
$A \in \mathbb{C}^{m \times m}$,$B \in \mathbb{C}^{n \times n}$ とする.$A, \, B$ が正則であるとき,次が成り立つ:
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A & O_{m,n}\\
O_{n,m} & B
\end{array}
\right]^{-1} = \left[
\begin{array}{cc}
A^{-1} & O_{m,n}\\
O_{n,m} & B^{-1}
\end{array}
\right]
\]
証明(click)
$P \in \mathbb{C}^{m \times m}$,$Q \in \mathbb{C}^{m \times n}$,$R \in \mathbb{C}^{n \times m}$,$S \in \mathbb{C}^{n \times n}$ に対して
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A & O_{m,n}\\
O_{n,m} & B
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
P & Q\\
R & S
\end{array}
\right] =
\left[
\begin{array}{cc}
AP & AQ\\
BR & BS
\end{array}
\right]
\]
が単位行列となるとき
\[
AP = E_m, \quad BS = E_n , \quad AQ = O_{m,n}, \quad BR = O_{n,m}
\]
が成り立つ.したがって1つ目,3つ目の式に左から $A^{-1}$ を,2つ目,4つ目の式に左から $B^{-1}$ を掛けて
\[
P = A^{-1}, Q = O_{m,n}, \quad R = O_{n,m}, \quad S = B^{-1}
\]
を得る.
補足(click)
右辺の行列は $A$ および $B$ が正則である限り必ず存在するから,左辺の行列は正則である.
また,$A$ の逆行列が $B$ であることの定義は
\[
AB = BA = E
\]
で考えているが,実は $AB = E$ または $BA = E$ のどちらかが成り立てばもう一方も成り立つことが知られている(齋藤先生の「線形代数入門」など)から,片側のみ調べるだけで証明終了としている.
命題 7:ブロック三角行列の逆行列
$A \in \mathbb{C}^{m \times n}$ に対して次が成り立つ:
\[
\left[
\begin{array}{cc}
E_m & A\\
O_{n,m} & E_n
\end{array}
\right]^{-1} = \left[
\begin{array}{cc}
E_m & -A\\
O_{n,m} & E_n
\end{array}
\right],
\]
\[
\left[
\begin{array}{cc}
E_n & O_{n,m}\\
A & E_m
\end{array}
\right]^{-1} = \left[
\begin{array}{cc}
E_n & O_{n,m}\\
-A & E_m
\end{array}
\right].
\]
証明(click)
$A$ が右上にある場合を示す.行列
\[
U = \left[
\begin{array}{cc}
E_m & A\\
O_{n,m} & E_n
\end{array}
\right]
\]
の行列式は $1$ であるから,逆行列が存在する.$P \in \mathbb{C}^{m \times m}$,$Q \in \mathbb{C}^{m \times n}$,$R \in \mathbb{C}^{n \times m}$,$S \in \mathbb{C}^{n \times n}$ に対して,
\[
\left[
\begin{array}{cc}
E_m & A\\
O_{n,m} & E_n
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
P & Q\\
R & S
\end{array}
\right] =
\left[
\begin{array}{cc}
P + AR & Q + AS\\
R & S
\end{array}
\right]
\]
が単位行列となるとき
\[
P+AR = E_m, \quad S = E_n , \quad Q + AS = O_{m,n}, \quad R = O_{n,m}
\]
が成り立つ.1つ目,4つ目の式から
\[
E_m = P + AR = P
\]
であり,2つ目,3つ目の式から
\[
Q = -AS = -A
\]
を得る.したがって
\[
\left[
\begin{array}{cc}
P & Q\\
R & S
\end{array}
\right] =
\left[
\begin{array}{cc}
E_m & -A \\
O_{n,m} & E_n
\end{array}
\right]
\]
が $U$ の逆行列となる.$A$ が左下にある場合も同様に示される.
定義 8:Schur 補行列
正方行列 $M$ を次のようにブロック分割する:
\[
M = \left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]
\]
ただし,行列 $D$ が正方行列となるように分割した.
行列 $A$ が正則であるとき,行列
\[
S_A = D-CA^{-1}B
\]
を $M$ の $A$ に関する Schur 補行列 という.
行列 $D$ が正則であるとき,行列
\[
S_D = A-BD^{-1}C
\]
を $M$ の $D$ に関する Schur 補行列 という.
定理 9-a:ブロック行列の逆行列(1)
正則行列 $M$ を次のようにブロック分割する:
\[
M = \left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]
\]
ただし,行列 $D$ が正方行列となるように分割した.行列 $A$ が正則であり,$A$ に関する Schur 補行列
\[
S_A = D-CA^{-1}B
\]
も正則であるとき
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]^{-1}
=
\left[
\begin{array}{cc}
A^{-1} + A^{-1}BS_A^{-1}CA^{-1} & -A^{-1}BS_A^{-1}\\
-S_A^{-1}CA^{-1} & S_A^{-1}
\end{array}
\right]
\]
が成り立つ.
証明(click)
行列
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A & B \\ C & D
\end{array}
\right]
\]
を下三角行列,ブロック対角行列,上三角行列の積に分解する(ブロック LDU 分解).すなわち,適切なサイズの行列 $P, Q, R, S$ を用いて
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A & B \\ C & D
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
E & O \\ P & E
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
Q & O \\ O & R
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
E & S \\ O & E
\end{array}
\right]
\]
と表現できるとする.右辺を計算すると
\[
\left[
\begin{array}{cc}
Q & QS \\ PQ & PQS+R
\end{array}
\right]
\]
であり,左辺の各ブロック行列と比較して
\[
A = Q , \quad B = QS, \quad C = PQ, \quad D = PQS+R
\]
を得る.これより
\[
Q = A , \quad S = A^{-1}B, \quad P = CA^{-1}, \quad R = D-CA^{-1}B = S_A
\]
を得る.また,命題 6 および 命題 7 の結果から
\[
\left[
\begin{array}{cc}
E & O \\ P & E
\end{array}
\right]^{-1} = \left[
\begin{array}{cc}
E & O \\ -P & E
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
E & O \\ -CA^{-1} & E
\end{array}
\right]
\]
\[
\left[
\begin{array}{cc}
Q & O \\ O & R
\end{array}
\right]^{-1} = \left[
\begin{array}{cc}
Q^{-1} & O \\ O & R^{-1}
\end{array}
\right]
=\left[
\begin{array}{cc}
A^{-1} & O \\ O & S_A^{-1}
\end{array}
\right]
\]
\[
\left[
\begin{array}{cc}
E & S \\ O & E
\end{array}
\right]^{-1} = \left[
\begin{array}{cc}
E & -S \\ O & E
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
E & -A^{-1}B \\ O & E
\end{array}
\right]
\]
が成り立つから
$$
\begin{align*}
\left[
\begin{array}{cc}
A & B \\ C & D
\end{array}
\right]^{-1}
&=
\left[
\begin{array}{cc}
E & S \\ O & E
\end{array}
\right]^{-1}
\left[
\begin{array}{cc}
Q & O \\ O & R
\end{array}
\right]^{-1}
\left[
\begin{array}{cc}
E & O \\ P & E
\end{array}
\right]^{-1} \\
&=\left[
\begin{array}{cc}
E & -A^{-1}B \\ O & E
\end{array}
\right]\left[
\begin{array}{cc}
A^{-1} & O \\ O & S_A^{-1}
\end{array}
\right]\left[
\begin{array}{cc}
E & O \\ -CA^{-1} & E
\end{array}
\right] \\
&= \left[
\begin{array}{cc}
A^{-1} + A^{-1}BS_A^{-1}CA^{-1} & -A^{-1}BS_A^{-1}\\
-S_A^{-1}CA^{-1} & S_A^{-1}
\end{array}
\right]
\end{align*}
$$
を得る.
定理 9-b:ブロック行列の逆行列(2)
正則行列 $M$ を次のようにブロック分割する:
\[
M = \left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]
\]
ただし,行列 $D$ が正方行列となるように分割した.行列 $D$ が正則であり,$D$ に関する Schur 補行列
\[
S_D = A-BD^{-1}C
\]
も正則であるとき
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]^{-1}
=
\left[
\begin{array}{cc}
S_D^{-1}&-S_D^{-1}BD^{-1}\\
-D^{-1}CS_D^{-1}&D^{-1}+D^{-1}CS_D^{-1}BD^{-1}
\end{array}
\right]
\]
が成り立つ.
証明(click)
行列
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A & B \\ C & D
\end{array}
\right]
\]
を上三角行列,ブロック対角行列,下三角行列の積に分解する(ブロック LDU 分解).すなわち,適切なサイズの行列 $P, Q, R, S$ を用いて
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A & B \\ C & D
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
E & P \\ O & E
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
Q & O \\ O & R
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
E & O \\ S & E
\end{array}
\right]
\]
と表現できるとする.あとは 定理 9-a と同様に計算すればよい.
系 10:ブロック行列の逆行列(3)
正則行列 $M$ を次のようにブロック分割する:
\[
M = \left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]
\]
ただし,行列 $D$ が正方行列となるように分割した.行列 $A$ および $D$ が正則であり,$A, \, D$ に関する Schur 補行列
\[
S_A = D-CA^{-1}B, \quad S_D = A-BD^{-1}C
\]
も正則であるとき
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]^{-1}
=
\left[
\begin{array}{cc}
S_D^{-1} & -A^{-1}BS_A^{-1}\\
-S_A^{-1}CA^{-1} & S_A^{-1}
\end{array}
\right]
\]
が成り立つ.
証明(click)
定理 9-a において $D$ および $A-BD^{-1}C$ が正則であるとき,定理 3 より
\[
A^{-1} + A^{-1}BS_A^{-1}CA^{-1} = (A-BD^{-1}C)^{-1} = S_D^{-1}
\]
が成り立つ.したがって
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A&B\\
C&D
\end{array}
\right]^{-1}
=
\left[
\begin{array}{cc}
S_D^{-1} & -A^{-1}BS_A^{-1}\\
-S_A^{-1}CA^{-1} & S_A^{-1}
\end{array}
\right]
\]
が成り立つ.
補足(click)
定理 9-a と 定理 9-b において,行列 $M$ の分割を同じに設定したとすれば,各ブロックに等号が成立する.例えば
\[
-A^{-1}BS_A^{-1} = -S_D^{-1}BD^{-1}, \quad -S_A^{-1}CA^{-1} = -D^{-1}CS_D^{-1}
\]
が成り立つ.
その他の定理
定理 11:複素行列の実行列への埋め込み
$M \in \mathbb{C}^{n \times n}$ が正則であるとする.$A, B \in \mathbb{R}^{n \times n}$ を用いて
\[
M = A + iB
\]
と表すとき,その逆行列は $C, D \in \mathbb{R}^{n \times n}$ を用いて $M^{-1} = C + iD$ と表すことができて
\[
\left[
\begin{array}{cc}
A & -B \\
B & A
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
C & -D \\
D & C
\end{array}
\right] = E_{2n}
\]
が成り立つ.
証明(click)
$$
\begin{align*}
E_n
&= MM^{-1} = (A + iB)(C + iD) \\
&= AC + iAD + iBC-BD = (AC-BD) + i(AD + BC)
\end{align*}
$$
となるから,両辺の実部と虚部を比較して
\[
AC-BD = E_n , \quad AD + BC = O_n
\]
が成り立つ.したがってブロック分割の性質から
$$
\begin{align*}
\left[
\begin{array}{c|c}
A & -B \\ \hline
B & A
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{c|c}
C & -D \\ \hline
D & C
\end{array}
\right]
&=
\left[
\begin{array}{c|c}
AC-BD & -AD-BC \\ \hline
BC+AD & -BD+AC
\end{array}
\right]\\
&=
\left[
\begin{array}{c|c}
E_n & O_n \\ \hline
O_n & E_n
\end{array}
\right]
=
E_{2n}
\end{align*}
$$
が成り立つ.
適用例
命題 6 の適用例
同次座標を用いた $3$ 次元空間の($x$ 軸周りの)$\theta$ 回転行列
\[
\textrm{Rot}(x, \theta) = \left[
\begin{array}{cccc}
1 & 0 & 0 & 0 \\
0 & \cos{\theta} & -\sin{\theta} & 0 \\
0 & \sin{\theta} & \cos{\theta} & 0 \\
0 & 0 & 0 & 1
\end{array}
\right]
\]
に対して
\[
\textrm{Rot}(x , \theta)^{-1} = \textrm{Rot}(x ,-\theta)
\]
である.
命題 7 の適用例
同次座標を用いた $3$ 次元空間の($x$ 軸方向に $a$,$y$ 軸方向に $b$,$z$ 軸方向に $c$ だけ平行移動する)並進行列
\[
\textrm{Trans}(a,b,c) = \left[
\begin{array}{cccc}
1 & 0 & 0 & a \\
0 & 1 & 0 & b \\
0 & 0 & 1 & c \\
0 & 0 & 0 & 1
\end{array}
\right]
\]
に対して
\[
\textrm{Trans}(a,b,c)^{-1} = \textrm{Trans}(-a,-b,-c)
\]
である.
定理 9 の適用例
$3$ 次正方行列
\[
Q = \left[
\begin{array}{ccc}
3 & 2 & 0 \\
-5 & 0 &2 \\
6 & 1 & -2
\end{array}
\right]
\]
の逆行列を求める.
詳細(click)
分解は
\[
\left[
\begin{array}{cc|c}
3 & 2 & 0 \\
-5 & 0 &2 \\ \hline
6 & 1 & -2
\end{array}
\right]
\]
とした.先に $S_D^{-1}$ を計算しておく.$D^{-1} = -1/2$ であることに注意しておく.
\[
S_D = A-BD^{-1}C
=
\left[
\begin{array}{c}
0 \\
2
\end{array}
\right]
\left(-\frac{1}{2}\right)
\left[
\begin{array}{cc}
6 & 1
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
3 & 2 \\
1 & 1
\end{array}
\right]
\]
であるから
\[
S_D^{-1} = \left[
\begin{array}{cc}
3 & 2 \\
1 & 1
\end{array}
\right]^{-1} = \frac{1}{3 \cdot 1-2 \cdot 1}
\left[
\begin{array}{cc}
1 & -2 \\
-1 & 3
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
1 & -2 \\
-1 & 3
\end{array}
\right]
\]
である.定理 9-b の各ブロックを計算すると
\[
-S_D^{-1}BD^{-1} = -\left[
\begin{array}{cc}
1 & -2 \\
-1 & 3
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{c}
0 \\
2
\end{array}
\right]
\left(-\frac{1}{2}\right)
=
\left[
\begin{array}{c}
-2 \\
3
\end{array}
\right]
\]
\[
-D^{-1}CS_D^{-1} = -\left(-\frac{1}{2}\right)\left[
\begin{array}{cc}
6 & 1
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{cc}
1 & -2 \\
-1 & 3
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
5/2 & -9/2
\end{array}
\right]
\]
\[
D^{-1} + D^{-1}CS_D^{-1}BD^{-1}=-\frac{1}{2} -\frac{1}{2}\left[
\begin{array}{cc}
6 & 1
\end{array}
\right]\left[
\begin{array}{cc}
1 & -2 \\
-1 & 3
\end{array}
\right]\left[
\begin{array}{c}
0 \\
2
\end{array}
\right]
\left(-\frac{1}{2}\right)
= -5
\]
である.したがって
\[
Q^{-1}
=
\left[
\begin{array}{ccc}
1&-2&-2\\
-1 &3&3\\
5/2&-9/2&-5
\end{array}
\right]
\]
を得る.
定理11 の適用例
$4$ 次正方行列
\[
Q = \left[
\begin{array}{rrrr}
1 & 1 & 1 & 1 \\
-i & -1 & i & 1 \\
-1 & 1 & -1 & 1 \\
i & -1 & -i & 1
\end{array}
\right]
\]
の逆行列を 複素数が実装されていない計算機 を用いて求める.
詳細(click)
$Q$ を実部と虚部に分解すると
\[
Q = \left[
\begin{array}{rrrr}
1 & 1 & 1 & 1 \\
0 & -1 & 0 & 1 \\
-1 & 1 & -1 & 1 \\
0 & -1 & 0 & 1
\end{array}
\right] + i \left[
\begin{array}{rrrr}
0 & 0 & 0 & 0 \\
-1 & 0 & 1 & 0 \\
0 & 0 & 0 & 0 \\
1 & 0 & -1 & 0
\end{array}
\right] = A + iB
\]
である.定理 11 より
$$
\begin{align*}
\left[
\begin{array}{cc}
A & -B \\
B & A
\end{array}
\right]^{-1}
&=
\left[
\begin{array}{cccc|cccc}
1 & 1 & 1 & 1 & 0 & 0 & 0 & 0 \\
0 & -1 & 0 & 1 & 1 & 0 & -1 & 0 \\
-1 & 1 & -1 & 1 & 0 & 0 & 0 & 0 \\
0 & -1 & 0 & 1& -1 & 0 & 1 & 0 \\ \hline
0 & 0 & 0 & 0 & 1 & 1 & 1 & 1 \\
-1 & 0 & 1 & 0 & 0 & -1 & 0 & 1\\
0 & 0 & 0 & 0 & -1 & 1 & -1 & 1\\
1 & 0 & -1 & 0& 0 & -1 & 0 & 1
\end{array}
\right]^{-1} \\
&=
\frac{1}{4}\left[
\begin{array}{cccc|cccc}
1 & 0 & -1 & 0 & 0 & -1 & 0 & 1 \\
1 & -1 & 1 & -1 & 0 & 0 & 0 & 0 \\
1 & 0 & -1 & 0 & 0 & 1 & 0 & -1 \\
1 & 1 & 1 & 1 & 0 & 0 & 0 & 0 \\ \hline
0 & 1 & 0 & -1 & 1 & 0 & -1 & 0 \\
0 & 0 & 0 & 0 & 1 & -1 & 1 & -1\\
0 & -1 & 0 & 1 & 1 & 0 & -1 & 0\\
0 & 0 & 0 & 0 & 1 & 1 & 1 & 1
\end{array}
\right]
=
\left[
\begin{array}{cc}
C & -D \\
D & C
\end{array}
\right]
\end{align*}
$$
であるから
$$
\begin{align*}
Q^{-1} = C + iD
&= \frac{1}{4}\left[
\begin{array}{rrrr}
1 & 0 & -1 & 0 \\
1 & -1 & 1 & -1 \\
1 & 0 & -1 & 0 \\
1 & 1 & 1 & 1
\end{array}
\right] + \frac{i}{4} \left[
\begin{array}{rrrr}
0 & 1 & 0 & -1 \\
0 & 0 & 0 & 0 \\
0 & -1 & 0 & 1 \\
0 & 0 & 0 & 0
\end{array}
\right] \\
&= \frac{1}{4}
\left[
\begin{array}{rrrr}
1 & i & -1 & -i \\
1 & -1 & 1 & -1 \\
1 & -i & -1 & i \\
1 & 1 & 1 & 1
\end{array}
\right]
\end{align*}
$$
を得る.
20190602 更新